「〇〇するべき」という世界


みなさまこんにちは。
本日もサイトにお越しくださり
ありがとうございます。
嬉しく思います♪


8月が終わり9月が始まりました。
2020年も残すところ4か月ですね。
そう思うと、一年ってあっという間です。


本日の投稿は
私たちが知らぬ間に作っている
「○○するべき」
という考え方・前提ありきの世界について
投稿したいと思います。


一つの現象を通して
同じ出来事なのに
個々人が違った考え方をもっているものだなぁと
面白いなって感じたことがあります。


一例としてあげさせていただくと
私が経理部で働いていたときのことです。
ITチームに新しいフランス人の上司が入社すると
アナウンスがありました。
私はITチームのFさん(アメリカ人)と
そのことで雑談をしていました。


Fさんに
「(今度入社される上司と)
うまくいくといいね
合わないときは大変だよね」など
なんの意図もなく話していたら


「え?なんで?
なんで(私が)そう思うのかわからない」
「嫌だったら辞めればいいだけだよ」


という答えが返ってきました。
そこで私は目から鱗が落ちるような
気づきがあり面白いなと思いました。


転職に関して自由に考える
アメリカ人のFさんと
日本の終身雇用時代から抜け出せていないという
私の考え方・概念の違いを見つけたからです。


私は
新任の上司が着任したあと
合う・合わないにかかわらず
仕事は折り合いをつけて続けていく「べき」
「続けていかなくてはならない」
「折り合いが悪くなったときは大変だ」
という前提のもとでFさんと話していたことに
気づきました。


いっぽうで
アメリカ人のFさんは
「上司と相性が合わなくて
働きづらくなったら
自分が会社を辞めたっていい
他のところを探せばいいんだ」
と考えていたんですね。


お互いが考えている
「前提」が全く違ったので
話がかみ合わなかったんです。


こんなふうに
一つの物事に対してのとらえ方は
個々人の概念によって
全く違うものなんだなという
発見ができてよかったです。


そしてもう一つの発見は
「○○するべき」
「○○でなくてはならない」
といった限定的な考え方が強いと
選択肢が狭まって生きづらくなってしまうんだな
ということも感じました。


Fさんの考え方はある意味
私の考え方と違って
自由で柔軟さを感じました。
私の考え方の中には
「日本で働くには○○であるべき」
「どんなに相性の悪い上司だとしても
折り合いを良くして働かねばならない」
「自分が我慢しなくてはならない」


そのような
前提がありました。汗
今まで気が付きませんでしたが
Fさんのお陰で気が付くことができました。


Fさんの考え方は
一見したら
「わがままだ」とか
「そんなようではどこへ行っても
同じことを繰り返してしまうのではないか」
など 様々な見解があるかもしれません。


ですがそれは
Fさんがご自身の人生を生きる上で
選択していることで
私たちが口を出す問題ではないんですよね。


そして気をつけたいなと思うのは
この「○○すべき」「○○であるべきだ」
という考え方が強すぎると
そうではなかったときに
寛容でいられなくなって
自身の中に「怒り」の感情が
生まれる恐れがあるということです。


たとえば
熟年のご夫婦の間で
ご婦人がご主人のために
ご飯をつくり、洗濯をし、家事をする
これが当然だと思ってしまったとき


そうではなかったときに
ご主人の中で「怒り」がこみあげてくる
など


長くなってしまいますので
続きは後日に投稿したいと思います♪


本日も最後までお読みいただき
ありがとうございます。


佐藤ますみ 拝

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