つれづれなるままに

神気を伝える経脈


みなさまこんにちは。
本日もサイトにお越しくださり
ありがとうございます。嬉


こちらは朝からしとしと
雨が降り続いています。
もうずいぶん長い間
お日様を見ていないような
そんな気持ちになってしまいます。


みなさまにおかれましては
いかがお過ごしでしょうか。


今日は「神経」について
興味深く感じたことを
投稿させていただきます。


セラピストになって
お客様のお身体に
触れさせていただくようになってから
感じたことがあります。


その感覚は
会社員でお勤めしていたときには
まったく感じえなかった感覚です。


それは
お身体が冷えていらっしゃる
凝っていらっしゃる など
という感覚もありますが


そのような感覚以上に
「神聖に感じる」感覚です。


何に対して「神聖」に感じるのか
といいますと
お客様の「お身体」そのものです。
その感覚から
自分の身体も「神聖」であると
感じることができるようになりました。


私のストーンメディスンの先生も
同じことをおっしゃっていました。


年齢・性別を超越して
「神聖なもの」に感じるのです。


そのように感じるようになったある日。
面白いことを発見しました。


学校の歴史の授業で習った人物
前野良沢と杉田玄白は
オランダ語の医学書を翻訳して
「解体新書」を残していますが


オランダ語の
「zenuw」を「神経」と
名付けて翻訳したこと


そして神経とは
「神気を伝える経脈である」という意味
言い換えると「神」の通り道
ともいえるのだそうです。


真実はわかりませんが
私が身体のことを
「神聖」に感じたように
前野良沢と杉田玄白も身体のことを
「神聖に」感じたのかもしれない と
勝手ながらに思ってしまいました。


「神経」が
神の気の通り道だと考えると
その道の始まりは
「脳」・「頭」ですよね。


ドライヘッドスパで
お客様の頭を
トリートメントさせていただく時
とても神聖なものに
手を触れているような
感覚があります。


そして興味深いことに
ほとんどのアジア諸国でも
頭は大切な部分と考えられていて
(タイ・ベトナム・中国・インドネシア・インド)
他人の頭を触る習慣はなく
嫌われる行為であることです。


とくにタイでは
「頭」は聖なる霊が宿る場所である
とされていて
大人が子供の頭を触ることさえしません。


日本のお笑いで
ボケとツッコミで
相方が頭をたたかれていたりしますよね。
これは日本国内だから
理解される行為だと思いますが
アジアの方たちがみたら
びっくりしてしまう光景なんだなって
思いました。


話は変わりますが


驚くべきことに
現代では
奴隷制度がなくなった
平和な世の中にみえますが
まったくの裏腹で 有史以来
これほど奴隷の多い時代はないと
言われています。


世界中で止まない天災・疾病が
人の心の闇に感応して
猛威をふるっているかのような心地がします。


私たちは聖なる身体に
どんな心を宿して
どんな思考を宿して
行動していくのか


人の心の闇によって
現在の現象が起きているのだとしたら
その闇に引っ張られないように
気をつけなくてはならない
そんな気がしてなりません。


ネイティブアメリカンの方たちの言葉には
「ミタクエオヤシン」
という美しい言葉があります。


それは
「わたしにつながるすべてのもの」
という意味で
「すべてはつながっている」
仏教でいうところの
「縁起」と同意語です。


人間も大自然の一部で
すべてはつながっている


意識を大きく転換させていく時を
むかえているような
そんな気がしました。


あれ・・
「神経」についての投稿のはずが
なんだか今日は
壮大なお話になってしまいました。汗


本日も最後までお読みいただき
ありがとうございます。


ワシテ ワシテ
(ネイティブアメリカンの方の
”ありがとうございます”という言葉です)


佐藤ますみ 拝

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